【古書】自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば
【古書】自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば
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基本情報
| 書名 | 自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば |
| 著者/作者 | 澤口たまみ |
| 出版 | 山と渓谷社 |
| ページ数 | 208ページ |
| サイズ |
18.8 x 12.8 x 1.51 cm |
| 商品状態/グレード | 中古/B(使用感あり) >グレード詳細はこちら |
| 状態補足 |
スレやヨレ、日焼け、シミなどがやや目立ち、ページの端に折れがあります。 |
※十分に配慮しておりますが、商品の性質上 配送時に本の角がぶつかり、傷になることがあります。事前にご了承ください。

「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」これらの名前を聞いたことがある人は少なくないだろう。作者は宮沢賢治。日本を代表する児童文学作家であり詩人。小学校の教科書にも、価値ある文学として掲載され続けている作品もある。その様々な作品に共通して、「自然がもたらす恵み」と「自然の恐ろしさ」が対比されて描かれていることを知っているだろうか。彼が表現する自然の描写はどれも瑞々しく、畏れを感じるものばかり。どの作品を読んでも自然への敬意が見て取れる。そんな彼は日常の中でどのように自然を見ていたのだろうか。教師を務めていた彼が教え子に語った言葉に散りばめられた自然の見方を、抜粋して一冊にまとめたものが本著である。読み終えたとき、自然の中に身を投じてみてほしい。これまでとは異なる自然の魅力を感じることができるはずである。
【目次】
プロローグ 宮沢賢治が教え子たちに伝えたこと
パート1 立ち止まってみる そばにある感動を見つける
パート2 感動するこころと向き合って 発見を言葉にする
パート3 新たな発見に出会う 視野を広げて
パート4 つまらないものはない 先入観を捨ててみる
パート5 暮らしとともにある自然 よりよく自然とつき合う
パート6 自然を見つめるこころ 幸せを願う
エピローグ 宮沢賢治が遺した、もうひとつの思い
澤口たまみ
昭和35(1960)年、岩手県盛岡市生まれ。盛岡第一高等学校(旧・盛岡中学校)、岩手大学農学部(旧・盛岡高等農林学校)卒と、賢治の後輩に当たる。平成2(1990)年『虫のつぶやき聞こえたよ』で第38回日本エッセイストクラブ賞受賞。以後、自然や昆虫をテーマにエッセイ、絵本のテキストを書く。著書は『宮澤賢治 愛のうた』『昆虫楽園』『わたしのあかちゃん』など。
本を購入いただいた方は1冊につき、購入特典を1つ選んで頂けます。オリジナルのしおり、ミニマテリアル、非売品の完成フライです。下記に特典についての説明を記載しますので、選んで頂く際の参考にしてください。
大変好評頂き、即完売となってしまった手ぬぐいの絵柄をあしらい、真鍮のハトメにコットンの糸を通した特別なしおりです。絵は日高の川を友と歩いた日々に思いを馳せて描きました。ぜひ購入した本に差し込んでご利用ください。
私たちもフライフィッシングを楽しむ中で、相当な数のフライを巻き、またそれをストックしてきました。そんな中から、フックサイズやパターンは様々ですが、非売品のフライストックの中からランダムに1つセレクトしてご提供します。どんなものが届くのかはお楽しみに。
私たちが販売しているフライタイイング用のマテリアル。動物の毛皮が故に、パッケージに収まる形で裁断すると、どうしても端切れが出てしまいます。そのような製品作りの過程で生まれたものも、ロス無く活用すべきだろうと思い、エゾシカかヒグマの一方をこちらで選び付属します。小さな端切れですが、気に入って頂けた方はぜひマテリアル商品もお買い求め頂けたら幸いです。
Story
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12歳の川下り。心の中に残ったものは何だったのか。
陽気なネパール人ガイド・タムさんの声に合わせて、子どもたちと息を合わせてパドルを漕ぐ。後志地方を東西に貫く母なる川、尻別川の一区画を私は下っていた。
12歳の川下り。心の中に残ったものは何だったのか。
陽気なネパール人ガイド・タムさんの声に合わせて、子どもたちと息を合わせてパドルを漕ぐ。後志地方を東西に貫く母なる川、尻別川の一区画を私は下っていた。
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「嬉しい楽しいの、その先に。」フライフィッシングというプロセス。
そりゃもう、デカいのが釣れたら嬉しいの一言に尽きる。魚を釣りに行っているのだから、誰だってそうだろう。釣り人なら、誰もが当たり前に抱く感情だ。きっと、それはどんな釣りであっても同じに違いない。
「嬉しい楽しいの、その先に。」フライフィッシングというプロセス。
そりゃもう、デカいのが釣れたら嬉しいの一言に尽きる。魚を釣りに行っているのだから、誰だってそうだろう。釣り人なら、誰もが当たり前に抱く感情だ。きっと、それはどんな釣りであっても同じに違いない。