一本の糸で繋がる感覚

一本の糸で繋がる感覚

文・写真:Inoguchi Canami
北海道在住の女性フライフィッシャーであり、スケーター、スノーボーダー。渓流から本流域のダブルハンドまで、幅広くフライフィッシングを楽しむ。日々、生きものたちの息遣いに耳を澄ませながら、四季の移ろいとともに、川や山へとフィールドに足を運んでいる。

Instagram:@canamiino

 


今日も川を歩く。

いつだって釣れるわけじゃない。
それでも、釣れる日も釣れない日も、同じように川に立ちたいと思うのはなぜだろう。

幼少期は両親に連れられて週末は登山やスキーをしたりしていた。自然の中にいることが、その頃の私にとってはとても身近なことだった。

けれど大人になり、進学や仕事に追われ、自然の中で遊ぶ感覚はすっかり忘れてしまっていた。

釣りをはじめたのは30歳になる少し前。
気付けば、渓流のフライフィッシングにすっかり夢中になっていた。

フライフィッシングの魅力ってなんだろう。

それはきっと——

繋がる感覚だ。

フライマンなら誰しも、フライフィッシングの魅力に引き込まれ、“ハマる瞬間”があったと思う。私にとってそれは、川で初めて“カゲロウの大群”を見た日だった。

 

6月のある日。

まだ、フライフィッシングを始めて間もない頃。

シンと静まり返った川。
深場には何か大きな生きものが潜んでいそうなのに、何も反応がない。

やがて、夕暮れが近づき、小さな羽虫たちが水面から一斉に飛び出してきた。

数はどんどん増えて、あたりはまるで霧がかかったように羽虫で目の前が埋め尽くされた。

「カゲロウのスーパーハッチだ!」

その瞬間 ——
バシャッ!!
バシャシャッ!!!

静まり返っていた深場から、
サカナがカゲロウの群れに飛び込んだ。
あれだけ静かだったのに、なんという誘引力だろう。
こうしちゃいられない。

夢中で竿を振る。
振る、振る、振る。

虫の嵐の中で狂喜乱舞するサカナたち。
川の秘密をひとつ見たようで、胸がドキドキした。

この時、虫たちが初めてとても美しく、近しい存在に感じられた。髪や身体を這う生命の体温が心地よい。

そして思い知った。
人間の世界は、ごく一部なんだと。

私はサカナを釣りたいと思ってここまで来たのに、
同時に“彼らをずっと見ていたい”と思った。

虫の世界の中でサカナが生きて、食べて、流れて、また生まれて。

そんなことがずっと続いていたのに、私は仕事に追われ夕陽ひとつゆっくり眺めず、こんな光景をずっと、見逃してきたんだ。

 

顔や髪にまとわりつく虫たちは
自然の一部として焼きついた。
そしてどんどん鱒に食べられていった。

その中で、私の針にかかったのは ——
両手に余る大物!…ではなく(笑)
二十センチほどのニジマスだった。

夕焼けに照らされ、レッドバンドとオレンジが溶け合い、ヒレがみずみずしく光っていた。
 
なんだろう、この感じ。

サカナが1匹釣れたというより、何か大きな流れと繋がったような、そんな不思議な感覚だった。

そしてまた、あの瞬間に会いたくなった。

とはいえ、フライフィッシングは始めてみると難しい。

キャスティング —— 思ったように飛ばない。
枝に引っかけ、フライを失い続ける日々。

タイイング —— 全然うまく巻けない。
自分の不器用さに、ため息が出る。

キャスト、タイイング、流し方、フライラインの選び方。

誰ですか 「フライフィッシングは簡単です」と言ったのは。

先輩たちや夫の助けがなければ、
続けるのは難しかったと思う。

ひとりで川に入るようになってからは、釣れない時間のほうが多い。でもその“釣れない時間”も不思議と楽しめるようになっていった。

雪溶けの山菜、不意に現れる魅惑のキノコ。
色とりどりの生きものたち。

釣れなくても、川は飽きさせない。 

それでも——

リールが鳴り、竿がしなり、
左手に持つラインから、サカナの躍動が伝わった瞬間。

世界のすべてが一本の線になって、
サカナの口から
私の手のひらに流れ込み
鱗からヒレへ
そしてまた川へと還る。

細い細い糸を手繰るような感覚。
そしてまた、あの繋がる感覚を忘れていく。 
忘れそうになる。

だからこそ——

忘れたくない。
 

本来、私たちは自然の一部だった。
でも社会の中で、その糸はいつの間にか切れてしまった。
その“切れた糸”を、もう一度手繰り寄せたくて。
私は繋がりたいと思うのかもしれない。

サカナは、自然に繋がるためのアクセスポイントだ。

自然のリズム。
命の連鎖。
身体の動き。
人から受け取ったもの。
虫たちが見せてくれる一瞬のきらめき。

“自分という小さな存在”の外から伸びてきた糸が、
身体の中を流れていく。
 

川に立てば、また繋がれる気がする。
川に生きている彼らと。
川に憧れた人々と。

 

そしてまた、ここに戻ってくる。

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