文:横山 雄哉
今冬の気温はまるでジェットコースターのようだ。
暖かいと思っていても急に乱高下してしまうことも普通になってきている。半年ほどの気温変化が数日で起きるような地域もあるそうだ。地球温暖化の影響で冬の平均気温が年々上昇しているというのに、気温差で体調を崩してしまうのは私だけでないだろう。こうした気温差が、人体のみならず雪崩の発生にもつながっている。
1972年にアンデス山脈の人里離れた山地にウルグアイ空軍機が墜落した実話をもとにしたJ・A・バヨナ監督の「雪山の絆」という映画で、「雪崩」の怖さを実感することができる。人は水と睡眠さえ取っていれば、2〜3週間程度は生きると言われているが、生存者たちは墜落した日から72日間生き延びた。水や食料がないこの絶望的な状況で、墜落事故や飢餓によって亡くなった遺体を食べることで生き延びることができたのだ。彼らのなかでも"食人"することに抵抗があったのだが、生き延びる手段として逃れられることができなかった。なんともショッキングな映画であるが、生存者であるロベルト・カネッサは「雪崩が起こったあと、雪に埋もれながら山が動く音を耳にする恐怖は、人肉を食べる苦しみよりも過酷だった」と語っている。
" 「恐怖心が出てくると心拍数が上がってしまうため、とにかく助かることのみを信じた」”
また、2020年に長野県で発生した「白馬乗鞍岳の雪崩事故」は様々なメディアで取り上げられている。2020年2月28日に、プロスノーボーダーの西山氏が雪崩に巻き込まれて埋没した。生存の確率が高いのは埋没して18分後までだが、1時間経過すると生存率は20%まで下がってしまう。西山氏は3時間1分埋没していたが、奇跡的に生還することができた。雪崩に巻き込まれている際、自分が"濁流に巻き込まれている"ような状態だったと話しており、埋没中も「雪の重みで肺が膨らまず息ができなかった」「少しでも動こうとすると急激に心拍数が上がってしまい、窒息死する予感がした」「恐怖心が出てくると心拍数が上がってしまうため、とにかく"助かる"ことのみを信じた」と当時の緊迫した状況を語っていた。西山氏は奇跡的に生還することができたが、白馬乗鞍岳の雪崩事故はこの2020年の事故に留まらず、現在まで事故が相次いでいる状態だ。
このように非常に恐ろしい雪崩事故だが、一体どんなことが原因でどれくらいの頻度で起こっているのだろう。また、万が一雪崩に巻き込まれてしまった場合にどのように対策を取ったらよいのか興味本位で調べてみたので書き記しておくことにする。
国内の雪崩死亡事故件数
公益社団法人日本山岳ガイド協会の武川氏が代表理事を務める「日本雪崩捜索救助協議会」が発表している1991年〜2020年までの国内での死亡事故件数は以下の通りである。年平均での死亡事故は6件だそうだ。グラフからも「レクリエーション」関連での死亡事故が割合として圧倒的に多いことがわかる。レクリエーションは、登山、山岳滑走、スキー場滑走、スノーシュー、スノーモービル、渓流釣りなど雪山で余暇を楽しむカテゴリである。死亡事故の大半(75%程度)が、趣味で雪山を楽しんでいる人が雪崩事故に巻き込まれているということで間違いないだろう。
(日本雪崩捜索救助協議会 「雪崩に因る死者数の推移(1991–2020)」より抜粋)
雪崩が起きやすい時期
雪崩は2月が一番発生している件数が多く、続いて、1月、3月で雪崩の発生する件数が多くなっているそうだ。また、4月、5月は登山や山菜採りに入った人の被害が多くなっているとのこと。
雪崩の前兆現象
雪崩から身を守るためには、前兆現象をしっかりと見極めることが重要だ。前兆を確認したら、雪に衝撃を与えないようにし、その場から立ち去ることを最優先である。
(ウェザーニュース「雪崩が発生しやすい条件は?遭遇したときに命を守る対策」から抜粋)
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クラック(雪割れ)
斜面にひっかいたような雪の裂け目がある。 -
雪シワ
雪にふやけた指先のような模様ができている。 -
雪庇(せっぴ)
山の尾根から雪が張りだして、ひさしのようになっている。 -
スノーボール
ボールのような雪のかたまりが、斜面をころころと落ちてくる。 -
巻きだれ
雪崩予防のための柵から雪が張り出し、たれている。 -
吹き溜まり
風によって雪が一か所にたまっている。
雪崩の発生原因
斜面に積もった雪は、以下の3つがつりあって支えられている。
(寒地土木研究所 「雪崩はなぜ起きるのか」より参照)
①地面との摩擦力
②雪粒同士の結合力
③重力により落下しようとする力
この3点の力の均衡が取れなくなった場合に雪崩が発生する。
①「地面との摩擦力」に影響する要因
・日射や気温上昇、降雨による融雪
②「雪粒同士の結合力」に影響する要因
・積雪面への荷重(人、動物が横切るなど)
③「重力により落下しようとする力」に影響する要因
・短時間のまとまった降雪
雪崩の種類
雪が滑り落ちる滑り面の位置から「表層なだれ」と「全層なだれ」の2種に大別される。
古い雪の上に積もった雪が滑り落ちる雪崩を「表層なだれ」、地面から雪の層全体が滑り落ちる雪崩を「全層なだれ」という。
(BIGLOBEニュース「雪崩(なだれ)の種類 「表層雪崩」と「全層雪崩」とは」より抜粋)
【表層なだれ】
滑り面が積雪内部になり、気温が低く、降雪が続く時期(1,2月頃)の厳寒期に多く発生するとされている。
- 気温が低く、降雪の多いとき
- 0℃以下の気温が続き、吹雪や強風がある場合
- 雪庇や吹き溜まりが斜面にできているとき
- 35〜45度の斜面で、顔を出していてる樹木が少ない場所
表層なだれのスピードは時速100〜200kmほどで、新幹線くらいのスピード。
【全層なだれ】
滑り面が地表面になり、春先の融雪期など温かい時期に多く発生するとされている。
- 春先、降雨後など気温が上昇したとき
- 35〜45度の斜面で、樹木が無く、地肌が出ている場所
- 雪シワ、ヒビができて、大きくなる場合
全層なだれのスピードは時速40〜80kmほどで、自動車くらいのスピード。
植生条件
雪崩発生の危険性は、植生分布の変化を調査することで分析できることもあるようだ。
【調査内容】
①植生密度
②立木高
③雪崩防止効果
④積雪深に対する雪上木高
⑤植生の折れ、たわみ、位置の変化
⑥その他(樹木の着冠雪や枝張りなど)
基本的には同じ斜面勾配で同じ積雪量の場合であっても、長い草が密生している斜面では雪崩が発生しやすいとされる。また、積雪面から樹木の先端が抜け出ている斜面では発生しにくい。沢筋に沿って樹木のない斜面でも、雪崩の常襲場所になっている場合が多いため注意が必要だ。
全国の雪崩危険箇所
国土の半分以上が「豪雪地帯」に指定されている日本は、平成16年の全国の雪崩の危険箇所の合計は20,501とされている。以下は、雪崩危険箇所の多い上位5位である。
・北海道:2,536箇所
・秋田 :1,630箇所
・岐阜 :1,630箇所
・新潟 :1,484箇所
・福井 :1,318箇所
(「都道府県別雪崩危険箇所(平成16年度公表)」を参照)
雪崩に巻き込まれた場合の対策
自らが雪崩に巻き込まれたしまった場合、誰もが死を覚悟するだろう。そんな絶望的な状況の中、「白馬乗鞍岳の雪崩事故」に巻き込まれた西山氏の当時の心境と同様に恐怖心が勝ってしまわぬよう、不撓不屈の心で落ち着いた対処が必要になってくる。
1.雪崩の流れの端へ逃げる。
2.仲間が巻き込まれないように知らせる。
3.身体から荷物を外す。
4.雪の中で泳いで浮上するようにする。
5.雪が止まりそうになったとき、雪の中での空間を確保できるよう、手で口の前に空間を作る。
6.雪の中から、上を歩いている人の声が聞こえる場合があるため、聞こえたら大きな声を出す。
(内閣府 防災情報のページ「大雪への備え〜雪害では、どのような災害が起こるのか」より抜粋)
" 人間活動の影響が大気、海洋及び海陸を温暖化させてきたことには疑う余地はない"
冒頭の通り、昨今の気象は異常だ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、「人間活動の影響が大気、海洋及び海陸を温暖化させてきたことには疑う余地はない」と断言しており、人間活動によって間違いなく温暖化につがってしまっているという。また、このまま、現状以上の温暖化対策を行わない場合、温室効果ガスの排出量を抑えることができず、2100年には約4度前後も上がってしまう可能性が高いとのことだった。2100年に上昇する気温を2度未満に抑えることを基準にシナリオの検討が進んでいるようだが、そのためにはエネルギーシステムを大幅に変更する必要があるらしい。2度未満に抑えることができた場合、「健康への寄与」「生態系への影響の減少」「資源の充足性」「エネルギーシステムの堅牢さへの貢献」などのメリットもあるとのことだった。世界各国の対策が遅らせれば遅らせるほど、2度未満に抑えることは不可能に近くなってくるし、知見のある科学者もそう指摘している。母なる地球のために、みんなで手と手を取り合う必要があると感じるのは私だけではないはずだ。